醤油とラー油の間に立てかけられたA5サイズくらいのメニューを手に取り、なにを食べようか考えた。
表と裏に細かい字でびっしりと定食やラーメンのラインナップが書かれている。
向かいに座った旦那は生姜焼き定食にするという。
「ご飯大盛50円って書いてあるよ。」と壁を指差すと、
意外にも「いや、普通でいい。」と言った。
この1年、周りから太ったねと言われても右から左へ流してきた旦那はようやくダイエットを始めた。何がきっかけなのか、最近になって自分の体型が気になりだしたようだ。
「私は麻婆豆腐定食にします。」
欲を言えば単品で餃子も頼みたいが、女の私のほうが食べるのは気がひける。
2人で分けてもいいが、ダイエット中だからいらないと言われそうだ。
でもせっかく初めての中華屋に来たんだから、食べたいなあとメニューの「餃子」の文字を見つめていたら、その間に旦那が2人分注文してしまった。
「小鉢は納豆か、豆腐かどちらにしますか。」
「俺は豆腐にするけど、どうする?」
「豆腐で・・・。」
餃子は今度来た時に頼もうと思い、メニューを元に戻したとき、豆腐ざんまいになることに気が付いた。
やっぱり納豆にしようと、すぐ後ろの厨房を振り返ると、ちょうどコック帽のおじさんが水を持って来るところだった。
昨晩、旦那の姉を家に呼んで3人で遅くまで飲んだので、今朝は遅くまで寝てしまった。
シャワーを浴びて洗い物をしたら昼ご飯を作る気力がなくなり、かねてから気になっていた近所の中華屋に来てみた。
立て看板に書かれた日替わり定食は650円とあり、中華と書かれた年季の入った赤いのれんが、どこか懐かしさを感じさせた。
灼熱の暑さから逃げるようにして引き戸を開けると、「いらっしゃいませ。」とコック帽を被り、コック服を身にまとったおじさんが出迎えてくれた。
ザ・町中華だなあ、と好ましく思ったが、まさかその同じおじさんが水をサーブしてくれるとは。
すぐに行ってしまったので納豆への変更を諦め、おじさんの動きをしばらく見ていると、他のお客さんにも水を出している。
注文を取るのもお会計をするのも同じおじさんだ。お客さんとのちょっとした会話のやり取りもおざなりにしない。
そして、合間合間に厨房に引っ込んでは、出来上がった料理を運ぶ。
時分時でお店も混みあってきた。
しばらくかかりそうだなあと、店内のテレビを見た。ちょうど徹子の部屋が始まったところだった。
と、唐突に左側から、「お待ちどお。」と声がかかり、目の前にお盆が置かれた。
つやつやして美味しそうな麻婆豆腐定食だ。
脇を見ると、黄色いエプロンをつけた小柄なおばさんが立っていた。
びっくりしていると、「ごゆっくり。」と言って、そそくさと厨房に引っ込んでしまった。
どうやら料理を作っていたのは、コック帽のおじさんではなく、彼女のようだった。

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