タクシー運転手さんの、意外にも訛りの少ない、しかしいやに大きな声を聞いて、東京から離れて遠くに来たことを実感した。
隣で旦那が、スマホのGoogleマップを見せて道を説明している。
それでもカーナビに行き先が出てこないようで、
「うーん…。とりあえず、近くまで走ってみますね。」と、運転手さんはタクシーを発進させた。
たどり着くかどうか不安に思って隣を見ると、旦那は鼻くそをほじって外の景色を眺めていた。
この週末は、招待されて旦那の赴任先へ遊びに行った。
会社の人みんなでBBQをするというのだ。「ご迷惑じゃないかなあ。」と聞くと、「つまらなかったら宿舎の近くに海があるから、ふたりで入りに行こう。」と言ってくれ、気楽に「行く。」と返事をした。
しかし考えてみれば男所帯の職場である。今更、緊張してきた。
旦那の仕事仲間と会うときに、どのような嫁を演じればよいのか、分からない。
手本となる姿を思い浮かべてみると、例えば、私の母は、媚びを売るように付き合っていた。子供でもいやらしい感じが分かって、嫌だった。祖母の場合は昭和1桁生まれらしく、慎ましく黙って祖父の傍に控えていた。それに習うのは時代遅れのようで気が進まない。
結婚して専業主婦になってからは家にこもりがちで、初対面の人と話をする機会がなくなったのも、自信を失わせた。
心細くなってきて、私と一緒に招待された妹や、旦那の姉が来れなくなったことを恨めしく思ったが、なんとか自分で乗り切らなくては。
タクシーが進むにつれどんどん建物が少なくなっていき、田んぼが増えていく。
道の両側には太陽の光を受けて、サングラス越しにも眩しい緑色が広がっていた。
到着してBBQの準備を進める傍ら、続々と宿舎に帰ってきた同僚の方々に挨拶をして回った。
「うちの嫁です。」と紹介されて照れ臭く、即座に「倫子です。」と頭を下げた。
旦那の知り合いのうち、結婚してから知り合った人はいないので、そう呼ばれることに慣れていなかった。
同僚の方の一人に「つまらないものですが、冷やして食べてください。」と手渡した手土産の水ようかんは、冷蔵庫に仕舞われていった。
網の上に並んだ肉としいたけ、たまねぎが、どんどん焼けていく。
何かお手伝いをしようにも、BBQの要領が分からず、私は椅子に座ったままビールをちびちび飲んだ。
旦那は仕事向きの顔をして同僚とおしゃべりをしていた。
気を使って旦那の上司の方が話しかけてくれた。
「彼のどこが好きになったの?」
第一声でその話題ですかと心の中で突っ込んだ。
上司の方と、旦那との馴れ初め話をしてしばらく盛り上がった。
畑違いの、しかも女性が遊びに来たときの話題に恋愛話というのはアリだなあと思った。
途中でトイレに行きたくなり、旦那にお手洗いの場所を尋ねると、横から上司の方が「多分汚いよ?大丈夫?」と口を挟んだ。
その気遣いにお礼を伝え、「掃除した?」という声を背中で聞きつつ、トイレに向かった。
ドアを開けると右手に男性用があり、奧の扉に女性用があった。
そっと入って鍵をかけるとウィーンと機械音がした。
振り向けば便座のふたが自動で開くところだった。
「きれいじゃん。」
しかもうちのトイレより高性能だった。
翌朝、私が帰りの荷物をまとめていると突然旦那が立ち上がって腰に手を当て、
「僕はここに住んでます。」と宣言した。
黙って見つめ返すと、
はにかみながら、「みんないい人たちでしょ。」と言った。
職場のことを私に知ってもらいたかったんだなと、このとき初めて分かった。
私は「そうだね。」と笑って返事をした。

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