女性用トイレに入ると気になるのが、排泄の音である。
私は大の場合も小の場合も、他の個室に先客がいれば、スピーカーマークのボタンを押して流水音を流す。
誰もいないときには、きっと入って来ないだろうと思ってさぼってしまうときもあるが、エチケットとしてなるべく心がけるようにしている。
たまに、スピーカーボタンを押しても音が鳴らない時があり、その時はトイレの水を流してごまかす。
この水を流すというのが曲者で、タンクの脇のレバーやボタンを押して流すタイプの便器ならいいが、手をかざして水を流すタイプだと、反応しないことがある。
流れてくれ、流れてくれと念を込めて、手をかざすも、流れない。
右手の指先のほうをかざしたり、左手の平のほうをかざしたり、時々手の甲をかざしてみたりなんかして、手を変え品を変え格闘する。トイレが混みあっていると余計に焦って、うまくいかない。
改札機でもレジでも、なんでもタッチする時代になり便利になったのかもしれないが、トイレの水を流すという点においては逆に、不便を被っている。
先日、入院している友達Jのお見舞いに行ったら、「向かいの奥さん、地獄耳で恐ろしかった。」と言われた。
詳しく聞くと、看護師さんとペットボトルの水の話で盛り上がり、Jが持って来ていた、シリカ水の入った水をおすすめしたところ、翌日の午後、4人部屋でJの向かいに入院しているおばさんが、同じものを持って病棟の廊下を歩いているのを目撃したという。
その奥様には毎日、ご主人が見舞いに来ているそうで、J曰く、ご主人に頼んで買ってきてもらったんじゃないかということだった。
少し考えすぎな気もしたが、さらにJが言うには、水の話をする数日前に、看護師さんからおススメのお手軽レシピや調味料について教えてもらったとき、その奥様はちゃっかりメモを取っていたそうで、後で声を掛けてきたそうだ。
主婦の地獄耳は生き延びる知恵なのだろう。
地獄耳といえば、私は高校生のころ、部活で好きだった先輩の足音を見分けることができた。
上履きスリッパをパタパタと引きずるようにして大股で歩く、背の高い先輩だった。
ひとりで部室にいるときには、その足音が聞こえてこないか、度々耳をすませていた。
近づいてくる足音が彼なのか、他の先生なのか、顧問の先生なのか、同級生なのか、後輩なのか、はたまた無関係の人なのか・・・。
彼は誰よりも早く来る人だったから、私はその前に部室入りして、準備をして待っていた。
見た目にはなんでもないようなフリをして、内心ドキドキしながら、耳をすませて、待っていた。
彼のものでない、違う足音が聞こえてきたら、まだ掃除が終わってないのかなあ、と不安になった。
彼のものだったら、嬉しくて、気恥ずかしくて、歯にのりが挟まってないか確認をし、いつも以上にすかした顔をして、足音が近づいてくる間中、まるで作業に集中しているかのように見えるよう、努めて取り繕い続けた。
ガラッとドアが開いて、振り向くと「いたの?」とでもいうかのように驚いた顔の彼がいて、私は元気に挨拶をした。
地獄耳も使いよう。
甘酸っぱい思い出である。

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