最寄り駅の改札を出た途端、クラっときて、なだれ落ちるように駅前のベンチに腰かけた。
リュックサックをそばに置いて仰げば、アーケードの屋根越しに降り注いだ太陽光が容赦なく額や頬へ照りつけた。
ベンチわきの自動販売機に「最安!80円です」と張り出されていた。
ほんまかいなっと白々しく眺めると、コーヒー缶が100円、その隣の水も100円、真下のミルクコーヒーが120円とある。
100円出してもお釣りが出ないのか。
物価高のいま、80円のコーヒーを販売する自販機はもう日本に残っていない気がする。
令和に生まれた子どもたちに、かつては50円や80円で飲み物が買えたことを話したら、それはもう昔話になってしまうのだろうか。
昔のほうがよかったという言い方をすると、話し手の時代のほうが偉いという感じがして、あまり好きではない。懐古趣味も願い下げだ。
でも、昔のほうが良かったなあと思うことが時々ある。
例えば、プールの授業があったこと。台風や大雨でない限り、必ずあった。
初夏や秋口に学校プールのシャワーを浴びると、ものすごく冷たくて、「地獄のシャワー」と呼ばれていたが、とんとん足踏みしながら皆で1から10まで数えるときの連帯感が心地よかった。
そのシャワーを出たところにあった、目に入ったゴミや塩素を洗い流す蛇口から水が勢いよく噴射して、私の目頭を直撃したこともあった。
思春期を迎えたお年頃には、プールの授業が気恥ずかしく、プールサイドでヤンキー座りをした男の体育教師のところまで泳ぐときなど、谷間見てた絶対!と騒ぐ同級生が必ずいた。
今はコロナの影響や、多様性への配慮でプール授業がなくなったところもあるという。
嫌な記憶も後から思えば、いい思い出になったりする。あの体験ができないのは、ちょっぴり、かわいそうだなあと思う。
逆に、昔と比べて良くなったなあと思うこともある。
私の場合に関して言えば、日傘を気後れせずに差せるようになったことだ。
学生時代、日焼けを気にして日傘を差す同級生に、お嬢様みたいだとひねくれた見方をしていた。
ひよわな大人になっちゃうよと思っていた・・のは上っ面だけで、本当は差してみたかった。
でもなんとなく、子供らしくない感じがして、セレブなマダムのような感じがして恥ずかしく、差せなかった。
それが現在ではどうだろう。
紫外線対策、猛暑対策のために日傘を差してくださいとお天気キャスターが呼びかけるようになり、差す人が一気に増えた。
いまアーケードを歩いているおじさんまで差している。
と、幼稚園くらいの男の子がティッシュ配りのお兄さんのもとへ走ってきて、ちょうだいと手を出した。遅れてやってきたお母さんが後ろで申し訳なさそうにしている。
どうやら別のティッシュ配りのお兄さんからも頂戴していたようだ。
その図々しさが可愛くなくなる前に、たくさん頂戴しときなさいよと心の中で独り言ちて、私はベンチから立ち上がった。

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